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  • 執筆者の写真Chelsea

下着屋の下着論①ポジション

更新日:2023年8月1日

私の仕事は服、特に下着を作ることです。


下着を作って売る者として、下着に関する主張をば、ちょっとしてみたいと思います。

「下着屋の下着論」として何回かにわけてお話ししていきます。



今日はその1回目。

そもそも下着ってどういうものなのかを、その「ポジション(位置)」に目を向けて考えてみたいと思います。


アンティークブルマー(リネン)


1.位置=肌のすぐそば


まず、私は下着を「肌に一番近い服」と捉えています。

服を着て生活するとき、下着は常に他のいかなる服よりも身近なポジションで私たちの体を包んでいます。

いつだって自分の体に一番近いところに着るのが、下着。

そんな衣服、他にあるでしょうか。

(靴下やタイツも肌にピッタリ着用しますが、常に、とは限りません。)




2.実は外見にかかわっている


逆に、私は下着をただ単に「外に見えない服」だとはあまり考えていません。

確かに位置関係的に「(他の服の)下に着る」ものだし、そのせいで外からは見えない・見えづらい種類の服なわけではありますが、

それは下着の重要ポイントではない。


そもそも下着は上に着る服と別種なわけでも無関係なわけでもないのです。

機能の話をすれば、下着が身体の汗や汚れを受けてくれるおかげで、その上に着る服を汚さずに快適に過ごせるのです。


また、上に着る服の着心地や見栄えを良くする役割も、下着にはあります。

(スリップ やTシャツブラなんかはわかりやすい例だと思います)


というわけで、下着は見えないようでいて実は「見える部分を作っている」。

服を着たところのその見えている部分が、そのように見えるにように、下着が支えている。

それが下着なのです。




まとめと主張


下着は自分の体に一番近い衣服で、しかも日々の着こなしの土台になっている。


ということは、下着ってすごく大切なポジションにあるということだと思うのです。

毎日の着こなしの土台になる、という物理的ファッション的機能面もそうだし、

肌に近いところで着用する服は、それだけ身体に与える影響力が大きい、という点でもそうです。

下着次第でパフォーマンスが変わることもあると、私は感じています。

心地よい下着、目的に適った下着を身に着けることは、日々の活動に直結する大事なこと。


自分の体に一番近いからこそ、服の中でも下着は一番気を配るべきものなのではないかと思うのです。




それなので私は、下着を着用するこの世のすべての皆様に、このような主張をしたいのです。


下着はテキトーでいいや、だってどうせ見えないもん!などとどうか思いなさんな。

テキトーな物に包まれてもいいと思えるほど、自分をゾンザイに扱うのはおやめくださいな。

身体は資本で、資本は大事。

そしてその資本である身体で活動する私たち自身も大事な存在なのです。

そんな私たちの素肌に何をあてがうか、は、それほどテキトーでよい話ではなく、

そこには自尊心や自己肯定感にかかわる大切な選択があるのではないかと思います。

ですから、ものを、下着を選ぶとき、少しだけ「思い入れ」をもってみてみるのが良いのではないかと、私は考えています。


(私個人の話をすれば、私自身が思い入れを持てるような下着を市販品のなかに見つけられなかったので、自分で研究・開発してつくるに至ったわけです)



物に過度に執着する必要は必ずしもありません。

が、ごく身の回りの必要なものこそ、いいなあ、素敵だなあと思える物を使うのがよいのではないでしょうか。

そうした方がきっと心身ともに豊かに生きられそうです。

どうあがいたところで、全く物を持たずに使わずに生きていける人などいないのですから。


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