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執筆者の写真Chelsea

シリアの絹織物・ダマスク織について

更新日:2022年3月15日


チェルシエ倉庫では、シリアの絹織物をつかった作品の制作を始めました。

ダマスク織と呼ばれる厚みのある高級絹織物を、巾着などの小物に仕立てています。



ダマスク織の巾着


ご存じの通り、シリアでは2011年から約10年内戦が続いた地域で、現在はその被害からの復興と再建の過程にあります。

そのなかで、この古くからの織物産業を生かす形でのシリア再建を応援しようという動きがあります。

当倉庫で扱っているシリア産絹織物も、そのプロジェクトを担う事業所より入手しています。(これについて詳しくは別の記事を用意する予定です。)



で、そもそもこのシリア産の絹のダマスク織とはなんぞや、というのが今回のテーマです。

実はすごく真面目に書こうとするととても説明が厄介なのですが、それは、ダマスク織が

①特定の産地(シリア)の織物であるとともに

②特定の織物の織り方の名称でもある

からです。

少なくとも私はそのように認識しています。


つまり、シリアの特産品としての固有名詞「ダマスク織」と、産地を特定しない織手法の名前としての「ダマスク織」と、二種類の使われ方があるということですね。



まず①シリアの特産品としての「ダマスク織」についてお話ししますと、

もとは中国から伝わった絹織物が、この地(シリア・ダマスカス周辺)で独自に発展し世界的評価を高め、そうこうして「ダマスク織」として広まったものです。

独自の発展、というと語弊があるかもしれませんが、要は、

配色デザインや柄の精巧・精密さやそもそもの製糸技術などを含めた生地品質の良いものがダマスカスあたりでじゃんじゃん作られた、ということです。

そしてそれをヨーロッパとかの貴族が服に調度品に使って愛でて、結果的に産地名が生地名としてどんどん定着した、ということなのでしょう。


実際に、しっかりしたコントラスの配色とハインセンスな幾何学模様の連続、そして拡大してみても隙間一つない緻密な織からは、長年受け継がれてきた技術のすばらしさが実感できます。

そもそも使われている糸がごく細番手の絹糸ですから、色・柄・織の良さのみならず、独特の品の良い光沢がプラスされ、思わずうっとりして時を忘れて眺めてしまうほどの美しさです。

光の当たる角度がかわると色合いも違って見えるのも大きな魅力。

高密度でしっかりした生地厚ながら滑らかな触り心地、かつ意外に軽い。

まさに芸術作品といえる織物です。


それほどの生地ですから、作家根性にも磨きがかかるものです。

生地の芸術性がしっかり伝わる作品作りをしよう!と気を引き締めて作っています。



次に、②織手法の名称としての「ダマスク織」は何かといいますと、

シリア特産織物の固有名詞として用いられる「ダマスク織」に使われる基本的な織構造のことで、元をたどれば中国から伝わった絹織物技術のひとつです。

また、その織り方で織られた生地全般をさすことも多く、繊維は絹とも限りません。


私は織には詳しくないのであまり突っ込んだ説明はできませんが、

一枚の生地の表側を織るときに、裏側の織り方を入れることで模様(地紋)を織り込んでいく手法、とでも申しましょうか。

編み物される方なら、編み物で表編みの途中で裏編みをいれると編み模様が変わるところをイメージするとわかりやすいかもしれません。


大事な特徴は、生地を織る際に模様ができるように織る、いう点です。

刺繍のように後から模様を足しているわけでもなければ、プリント生地のように出来上がった生地の上から着色して模様を入れているわけでもありません。


また、表面にやや凹凸ができ、その分厚みがでるのも特徴です。

織り方を変えて地紋を入れるわけですから、表面が均質にならないのは当たり前と言えば当たり前です。織を変えた部分が浮き上がって厚みも生じます。

ただ、実際にどこまで凸凹がはっきり感じられるかは生地によるかもしれません。


説明がごちゃごちゃするようで申し訳ないですが、このような立体的な地紋の織物はジャガード織と総称されるのが一般的なので、ジャガードの一種という理解でもいい気がします。

厳密に言うと、ジャカールさんというフランスの方が19世紀初めにつくった織機で織った織物をさしてジャガード織とよぶそうですが、今はもとのジャカールさんの発明品ではなくても織り方が結果的に同じものであればジャカード織と呼ばれるようです。

近年はコンピューター制御の全自動の織機でつくられた生地の方が多いと思います。



「ダマスク織」のまとめと補足】


ダマスク織は、シリア特産の絹織物であると同時に、織り方の名称でもあるという話をしました。

では最後に、シリア特産品としての「ダマスク織」は、一般的な織物手法の「ダマスク織」の中にどう位置づけられるのか、考えてみたいと思います。


先の雑なご説明の通り、織物手法としての「ダマスク織」は地紋の入った立体的な織物を指すわけなのですが、その中にも色々種類がわかれるのです。

単色で地紋だけが織り込まれたものもあれば、先染めした多色の糸を使ったカラフルな地紋のものもあります。

実はいずれも日本で着物地として使われていて、前者を「綸子(りんず)」、後者を「緞子(どんす)」と呼びます。


やや脱線しましたが、シリア特産の「ダマスク織」が何かというと、この「緞子」のほうにあたります。

つまり先染めした糸を立体的に織り込んで地紋にしていくものなのですが、この技術の高さにこそ、シリアの絹織物の最大の特長があるといえます。


使われる糸の色・数が増えれば増えるほど、そして柄が複雑で緻密になればなるほど、織るのは難しくなります。

そのため単純にパターン化されたコンピュータ制御の織機では織ることができません。

代わりに使われるのがシャトル織機と呼ばれる織機。

機械ではありますが、職人の手や目、経験なくては動かせません。

技術と時間を要するため非効率的ではありますが、しかし、このような方法によってはじめて、シリアのダマスク織特有の緻密で美しい織物が生み出されるのです。


シリアで作られ、今回チェルシエ倉庫にやってきたダマスク織の生地は、3本から7本の異なる糸で織られた生地です。(生地によって本数が異なります)




この生地を通して、シリアで世代を超えて育まれてきた織物文化のすばらしさを知っていただきたいと思います。


そして、このような形で当倉庫が製作を続けていくことが、この織物を生み出すシリアの人々の基盤回復や生活を支える一助となり、ひいては(微力ではあるものの)同地の織物文化の継承につながるのであればとても嬉しいです。


戦争被害からの復興はたやすいことではないでしょう。

一過的また一方的な支援に陥らないよう、地域の自足的な経済活動を息長く後押しするかたちで関わっていけるような制作のありかたを、一作家として模索していきたいと思っています。










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